めっちゃ早口で言ってそうなブログ

アニメを語りたいおっさんが、誰にも頼まれないのに勝手に深掘りしている(気になる)ブログです。

おっさん 『ゾンサガと3DCG』を語る

 ゾンビランドサガだけに限らず

 ある手法を使ったアニメは

 一定の批判に晒される宿命がある。

 それが3DCGだ。

 

 …なんかちょっとかっこつけて書いてみたくなっただけw

 昔だとポリゴンキャラって言ってたんだけど、最近は3DCGって言う人が増えた時代の変化に頑張って対応してみようとするおっさんです。

 まあ、それでも昔と比べて一般的になって、アイドルアニメではかなりの頻度で採用されている手法になったよね。

 なのに今でもけっこう拒否反応を示す人がいるから、

 その辺の原因と問題を独自の視点で勝手に研究

 した風を素人が装ってみるぜ!w

 

3DCGの功罪

 ゾンビランドサガでは第1~2話のライブシーンが手描きでした。

 まあ、それだけならそこまで言われないんでしょうけど、第1話の丁寧さと第2話の動きが良すぎて、それが余計に第3話の幻滅を感じて離れて行った視聴者も少なからずいるようですなぁ。(もったいないw)

 かく言う私も第3話で(あ、ライブシーンは3DCGなんだ……)と若干の落胆を感じたのは事実なんですがねw

 

 否定派の意見の中に「手抜き」というのもあります。

 確かに職人が一枚一枚描いている絵に比べれば、モデリング1回作ったらあとは動かし放題な3DCGは手抜きに思えるかもしれないなぁ。

 でもそれはただの素人意見です。(私も素人)

 あれはあれでめっちゃ大変なんですよ?モデリングもモーションもそんなラクじゃねーよwと。

 そんな事言ったら今の手描きだって、セル画&アクリル絵の具の時代から比べれば、くっそ手抜きになってますけどね!w

 苦労自慢を美談にするのは時代が違う。てかクリエイティブな事を時給計算で考える発想がそもそもナンセンス。

 だから手抜き派は議論対象外ということでw

 

不気味の谷のウマシカ

 そしてもう一つの意見が「気持ち悪い」です。

https://anicai.jp/wp-content/uploads/2018/10/img_2593.jpg

 ↑このサイズで止め絵なら違和感無し?

 

気持ち悪い

 これは昔、CGクリエイターの人から聞いた話で業界用語?でいう「不気味の谷」というのがあるらしいのです。

 詳しくはWikiを見てもらうという事で、

不気味の谷現象 - Wikipedia

 クリエイターはその不気味の谷との戦いをしてるとは言ってたんですけど、それを聞きながら(ちょっと違うんじゃないかなぁ)と考えてました。

 まぁ、ハリウッドの方々はリアルな人間をCGで作ろうとしているから、不気味の谷に落ちるのかもしれないけど、日本のアニメCGってそもそもがリアル方面を向いてないんですよねw

 アニメ絵をいかに3Dで動かすか、というトゥーンシェーディング技術の方向に全振りしてるんですよ。

 わざわざ頑張って3Dモデルを作っておいて、それを全力で2Dに錯覚させる方法に努力をする。

 例えるなら、極上のカフェオレを探求しつつ、それをコーヒーと牛乳に分離させる浸透膜を開発して「どうですか!このコーヒーの美味さ!それが元カフェオレだったとは信じられないでしょう?!」と力説しているようなもの。

 いや、最初からカフェオレにする前のコーヒー出せよw

 てなもんですけど、そこは世界の斜め上をひた走るジャパニメーション。努力の方向性が違う。

 モーションポートレートやらLive2Dやら、挙句の果てにはXX-Cakeなどのソフト開発に粉骨砕身してしまうのです。2Dを3Dに見せる努力したり、その逆をやったり忙しい。

 普通に3Dを3Dとして楽しめばいいんじゃないの?と思うけど、そこは日本人。

 二次じゃダメなんですか?(襟を立てつつ)

 二次じゃなきゃダメなんです!(※個人の感想です)

 3Dを3Dとして楽しめる人はPixer系の作品を楽しめる人ですね。

 まあ、その辺をもやもやと考えている内に、私の中である仮説が生まれたんです。

 

僕らは優しい嘘の世界で生きている

 3Dになった瞬間のがっかり感ってどこから来ているのか?

 やはりそれは「欲しいのが来ない感」なんでしょう。

 でも完全に3Dがダメかと言うと、実はそうでもないんですよ。

 現に私は「蒼き鋼のアルペジオ」や「シドニアの騎士」、「楽園追放」は好きでしたし、「gdgd妖精's」や「けものフレンズ」も好きです。

  そこに違和感をあまり感じないのはなぜか?を考えた時にたどり着いた答えは

https://i1.wp.com/animedeeply.com/wp-content/uploads/2018/11/zls00708.jpg?resize=680%2C383&ssl=1

「落差に耐え~き~れないの~!!

 でした。要は2Dと3Dの温度差に酔ってしまうんじゃないかと。

 だから最初から前述のフル3Dの作品は割と平気なんです。
 最初から3Dの温度だから。

 じゃあ、その「温度」とは何かを考えた時に私の答えはこれです。

 「嘘の量」

 みなさん、当たり前すぎて忘れてるかもしれませんが、アニメとか萌えイラストの絵って冷静に考えたら「ありえない生命体」ですからね?w

 脳にめりこむ眼球の大きさ、自然界に存在しない色の頭から出る髪という名の糸、アゴも動かさずに声が出る穴……etc.

 おおよそ荒唐無稽な造形物を当たり前のように受け入れて、子どもの時からアニメを見て育ってきた日本人はそれに気が付かない。

  いや、もちろんそれがだなんて事はみんな分かってるんですけど、慣れ過ぎてて自覚が薄いというか。

 それらは表現上の必要な嘘であって芸術なのです。

 さも高尚な芸術のように言えば、ピカソキュビズムや、ギュスターヴのフォーヴィズムみたいなものですw

 アニメの楽しさは芸術作品を堪能する楽しさなのです。(言い過ぎ)

 

 その嘘まみれの漫画やアニメに慣れている私たちが、突然「嘘を許さない写実主義の世界(3D)」を突きつけられるんです。

 それが温度差につながるのだと考えました。

 例えるなら

 居酒屋でサークルみんなでワイワイ馬鹿話してた時、陰キャの自分がノリでテキトーな事ほざいたら、なぜか突然全員が真顔になって「いや、それおかしいでしょ」と言われて、その後何事も無かったように、またみんなテンションぶち上げてる中、(なんでだよ…)と怨嗟の涙を浮かべながら、部屋の隅っこで一人で体育座りしていうような気分

 でしょうか(震え声)

 日本のアニメは長年、↑のような心えぐる事をせずに、徹頭徹尾「優しい嘘」の世界を作り続けてきました。

 作画崩壊だの、このアニメーターはクセ強いだのと一部で盛り上がりつつも、しょせんは全て嘘の世界。その量、さじ加減の問題なのでした。

 そこに3Dという嘘を許さない世界が来てしまったのですから、さあ大変。

 心をエグられて現実に復帰出来ない人も出てきちゃうわけです。

 

違うのは造形ではなく表現

 ですが、私はの本質はそこではないような気がするんです。

 この↓時代ならともかくw

 https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-38-ae/pmdfp152/folder/634437/38/22716638/img_3?1332368057

 ↓このクオリティの時代になったのです(注:同一人物)

 https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-46-16/choo_choo_ayu/folder/621006/49/44782549/img_0

 そのどっちの時代も知っているおっさんだからこそ断言します。

 最近のCGは本当に綺麗になりました。

 しかしこれだけの技術を持ってして、まだ不気味の谷を乗り越えられないのか?

 それに対して私はこう思うのです。

 嘘が問題じゃなくて優しい嘘をついてくれないから。

 日本のアニメが向いている荒野の方向に不気味の谷はありませんからw

 コンピューターのスペック向上と技術革新で、デザイナーの作ったキャラを完全に立体化する事は出来ました。 でもアニメで見ると(ええぇ……?)と思ってしまいます。

 その根本が

 意図的な作画崩壊つまりクセ

 を求めちゃう人間のサガなのです。

 ↓これだって          ↓これだって

https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/h/hayao1209hayao/20181103/20181103164803.pnghttps://i2.wp.com/anichoice.com/wp-content/uploads/2018/12/sakura-epi9-min.png?resize=730%2C410&ssl=1

 冷静に見て作画崩壊と言えば作画崩壊ですよ?

 でもそれをアニメ的表現として、私たちは躍動感コミカルと認識しますよね。

 だけど、3DCGはこれをやってくれない冷めた世界。

 つまり優しい嘘をついてくれないのです。

 この温度差こそが、2Dアニメが3DCGに切り替わった時のがっかり感なのではないでしょうか?

 http://www.t-cube55.com/ura_okiraku/urabanashi/images/135/4.jpg

 ↑この顔、3DCGで再現して真正面から見たら、絶対にただの恐怖画像w

 だけど、私たちは違和感なく普通に受け入れているでしょ?

 日本人は漫画・アニメ的なディフォルメを普通に受け入れてますが、やっぱり外国の方だとものすごい違和感を覚える人も多いそうです。

 

 ただし、やっぱり昨今のCGの進化はすさまじいものがあって、手間暇+お金さえかければ3DCGでさくらの変顔を完全再現する事は可能です。

 ただ、それを実現するコストをかけるくらいなら、凄腕アニメーターにお金払って描いてもらった方がまだ安いからやってないのでしょうw

 近い将来、アニメ的・漫画的表現をカンタン設定で再現できる技術が開発された時、ようやく3DCGが2D作画に馴染める可能性が生まれるのかもしれない、と私は期待しています。

 

素人の語るモーション概論?

 さて、ちょいと遠ざかってしまいましたが、佐賀に帰りましょう。(意味:本筋に戻ります)

 見出しがちょい大げさと言えば大げさですが気にしないw

 たぶん新しくないのかもしれませんけどw

 とは言え実際、私はゾンサガのCGを(けっこうすげぇなぁ……)と感心しながら見てた部分もあるのですよ。

 それは動きですね。

 

 3DCGの動きにはモーションキャプチャ型とキーフレーム型の2つがあります。

 モーションキャプチャは実際の人間にマーカーをつけてそのマーカーの動きを機械で記録してそれをCGに反映する方法。

モーションキャプチャ

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/6/6d/Activemarker2.PNG/250px-Activemarker2.PNG

 キーフレーム型はアプリ上で時間軸と座標を入力して動きをPCに計算させる方法です。

↓キーフレーム型

https://www.curioscene.com/wp-content/uploads/2018/05/pr-keyframe-13.png

 現在の世界の主流はその2つを併用するハイブリッド型です。モーションキャプチャしてからキーフレーム単位の手入力で細かく調整をしてリアリティを出す感じです。

 ですが、もちろんとんでもない時間と手間がかかります。

 

ゾンビランドサガが魅せた方向性

 ゾンサガはモーションキャプチャ型です。(たぶん微調整はキーフレーム調整してるんでしょうが)

 そのモーションがすごく個性が出ていて良かったのですよ。

 実は個人的に3DCGダンスが苦手な理由が「全員全く同じ動きをしてるとキモい」と感じてしまうからです。

 ところがゾンサガはそれが無かった。

 クレジット見ると「ダンス協力」という項目に7名の名前が書かれてますけど、たぶんこの方たちがモーションアクターをしてくれたんじゃないですかね?

 これだけ色々な媒体で話題になって様々なインタビューが掲載されているゾンサガですけど、なぜかあまり彼女たちにクローズアップがされないのが不思議です。

 とは言え、たえの人がめっちゃダンス上手いのにあの演技させられたとか、リリィの人は本当の小学生だった、などの話は出ているので完全に無視されてるわけではないのでしょうが。

 でも個人的にはもっとその辺を掘り下げてもいいくらいの功績はあると思うんですよね。第12話のダンスなんて凄かったですし。

 恐らく、7名がそれぞれのキャラの個性を、声優さんと同じくらいしっかり考えて演技に落とし込んだ上でのダンスをしてくれてると思うんです。

 一斉に同じ動きをする時に(難しい振付の時だけ)純子だけちょっとタイミングが違ったり、サキの腕は振りが速いのはケンカの影響っぽい感じ、愛の振りが一番大きくはっきりしているダンスが得意設定などなど。

 しかも、無機質なキャプチャじゃなくてアクター同士のアイコンタクトまで反映させてるのがすごいと思う。

 第7話19:57の純子とさくらのアイコンタクトで純子がさくらに(水野さん良かったですね)って感じで笑顔になるところ。そしてそれまでずっと純子の眉が緊張気味だったのに、その後は柔らかくなるシーンとか。

 あと手描きだけど第8話のリリィとさくらのアイコンタクトはダンサーが実際にやった無意識の動作をアニメに反映した神シーンだとか。

 手描きアニメと同じ個性を3DCGでも表現したってのが、ゾンサガすげぇ、と感動した部分でもあります。

 余談だけどプロのダンサーが踊った振付を再現したリアルフランシュシュの人たちもたいがいすげぇよな。しかも歌いながらだし。

 特にFlagをはためかせろのダンスなんて、もうCGだという事を忘れて見れるレベルのクオリティでした。

 あと第12話18:44のヨミガエレ、さくらにカメラを寄っての長回しのアングル。3Dでこれだけ近寄ってずっと見てても違和感少ないってすげぇな、と感心しました。

 

 綺麗なだけでも、正確なだけでも、それは「表現」じゃないんだな。

 多少荒くても、バラバラでも、演出に適っていればそれが作品なんだと思いました

 まるっ!!

 

 ※あくまでも素人の勝手な感想です。プロの方が(こいつ何テキトーぶっこいてんだ?)と思っても生温い目で見守ってください。